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美意識創造研究所Blog_03

社名の一部となっているMARE(海)は僕にとっていつも身近な存在です。
大都市から生まれ故郷である⾧崎に戻るきっかけとなったのも一つには海のそばで暮らしたいという思いがありました。高校生の頃から海に対する「憧れ」や夏は特に何か都会的な「Sophisticate」な世界がそこにあると感じていたのだと思います。
職業として建築に関わるようになった数十年前から僕はこの場所に暮らしてみたいという場所を⾧崎市郊外野母崎町の海岸高台に見つけていました。旧亜熱帯植物園が近くにある場所です。何かハワイとか南の島のエキゾチックな匂いとアメリカ東海岸の洗練された避暑地の風景を思い描いていたのかも知れません。
そしてイメージする土地に住まいをプランニングしてCG を制作することで、実現できることを夢見たりしていました。そこでは海や空の見え方、感じ方を常に意識していました。

ちょうど9年前の7月16 日、真剣に検討しようと思い彼の地を訪ねることにしました。心の中ではどうぞまだ建物などが存在しませんようにと祈りながら、その野母崎の場所を訪ねてみましたが、
そこにはえっ!と驚くものがありました。
写真ではわかりにくいですが、風力発電用風車が敷地真ん中あたりにドド~ンと設置してありました。もうがっくりです。美しい夏の風景も目に入りませんでした。
残念賞のつもりで敷地の写真を数枚撮りました。でも何か意識していたのでしょうね、その時の写真をよく見ると、現在ATELIER MAREVITA のオフィスと海のアトリエがある対岸の雲仙市小浜町が白い柱の左側にしっかり映り込んでいました。何か暗示されていたのかも知れません。決してご縁が無かったわけではないのですね。
野母崎では雲仙岳から昇る朝陽と橘湾を横切るお天道様を見ることが素敵だなと思っていたのですが、今は橘湾を横切り野母崎に沈んでいく夕日をマジックアワーまでじっくり眺める日々です。当初計画していた野母崎の土地もはるか彼方に見えております。
結果的には雲仙市小浜町に決めて良かったなと思っています。
野母崎半島では得られないような方々とのつながり、土地の多様性、そして美意識創造研究所の重要なテーマである食に関してもこの場所を含めた島原半島は農作物、海産物、畜産製品の宝庫なのです。この場所へ導いてくれたのは私の周りにいらっしゃる神様達や島原半島出身のご先祖様たち、それから私の本業である建築デザイン関係の力かなと思っています。
また、小浜町出身のインテリア、プロダクトデザイナー亡き城谷耕生さんのデザインの力もあると思います。なにせ海のアトリエがあるこの場所は彼が生まれ育ち、イタリアで活躍したのち故郷に戻りデザインオフィスを構え、生活の場でもあった場所ですから。
島原半島の食も含めた多様性などについてはまた改めて書きますが、まずは海のアトリエにお越し頂き、身も心も解き放ちこの大らかな海景を眺めながら皆様の心に響く美意識について互いの内面を語りあい豊かな人生のお手伝いが出来ればと考えております。

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